64‐ロクヨン‐前編/後編

SYNOPSIS – 映画概要

昭和64年に発生した少女誘拐殺人事件、通称「ロクヨン事件」。未解決のまま14年が経ち、時効まであと1年に迫った平成14年。警察庁長官による現場慰問が行われることとなり、D県警では被害者の父、雨宮芳男との交渉が進められていた。
交渉を担当していた県警警務部広報官三上(佐藤浩市)は、警察を全く信用せず慰問を受け入れない雨宮の態度に疑問を抱き、独自で「ロクヨン事件」を調べ始める。持ち上がる警察内部の隠蔽工作、謎。時を同じくして「ロクヨン事件」を摸倣した誘拐身代金事件が発生し、二つの事件は複雑に絡み合っていく。

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ぼくのいちにち

0-24.

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1-6 睡眠

6-7 朝ごはん、散歩

7-8 メールチェック、一日のスケジューリング

8-12 業務遂行(ひたすら)

12-14 昼ごはん作る&食べる※当番でない場合、30分〜1時間に短縮

14-19 業務遂行(ひたすら)

19-21 晩ごはん作る&食べる※当番でない場合、30分〜1時間に短縮

21-24 業務遂行(ひらすら)

24-25 お風呂&一日振り返り、明日の準備

 

暫定版。

MISSION:それぞれのクオリティをあげる。極限まで。

断。

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明日朝から、意図をもたずに情報に触れることを一時的に断とうと思う。

溢れる情報に身をおくことは、得てして自分の知識になっているような錯覚に陥るが、

ふと振り返った時の知識の曖昧さ、そしてブックマークサービスのように、場所と要素だけを記憶し、

全く血肉になっていないものが多い。

 

思考することに当てる時間を増やすこと

 

それが重要なのでは、と。

情報は思考の先への道具である。

情報を集める事が目的になってはならない(そんな時もあってもいいけど)

 

いま、恥ずかしくもあるがRSSとfacebook、twitterの回覧をやめるだけで、1時間〜1時間半程度一日の生産性を上げる事ができると思う。

週換算で10時間半、1年で547.5時間の時間を”情報に触れること”に使っていると思うと、恐ろしい。

日数にして22日と8時間だ。

そう考えると、その1時間半で自分がやることにとてもワクワクしている。

明日から、毎日の中に情報を得ることよりも大切な22日間を創る行為が、作業が入れられる。

そんな感覚で時を刻んでいくと一日はとても広大で無限なものになるかもしれない。

1日、24時間のいちいちが彩られるような感覚をもてるのなら、もっともっと深く1日を見つめてみる意味はあるのかもしれない。

そんな事を思いながら、今日は早く寝れると思った自分、結構ヤバイね(現在深夜2時半)

明日は早く起きて、日光を浴びよう。おやすみなさい。

 

This is my life, not dress rehearsal.

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これは僕の人生。

今日、ミサイルが飛んできて、世界が終わるかもしれない。

そんな日に、ひっそりとはじめる。

いつだって、変化は音もなくやってきて、

そんな変化に乗る道はたくさんの差し伸べられた手にあって、

つかむ勇気がなくて、閉じこもってしまえば、

つかの間の休息と引き換えに、多くの時間が失われる。

自分で沈めた波は、自分でもう一度おこさないといけない。

僕が起こす波紋に、また昔のように答えてくれるだろうか。

新しい答えが見つかるだろうか。

身軽になりすぎた僕は、朝の4時に問答する。

これは僕の人生、リハーサルじゃない。